2015年07月01日
利根中央病院
泌尿器科部長
田村芳美
重い物を持ち上げたり、クシャミをしたりした時に思わず下着が濡れるといった症状で受診される女性がいらっしゃいます。腹圧性尿失禁と呼ばれる女性特有の病気です。
女性の場合、骨盤底筋群と呼ばれる筋肉が子宮・膣・膀胱・尿道・直腸といった臓器をハンモックのように支えています。出産を経験し、更年期を迎え女性ホルモンの分泌量が低下する頃から、骨盤底筋群を始めとした筋力の低下が始まります。それを契機に腹圧性尿失禁を発症しやすくなります。予防法はあるのでしょうか? さらに、発症してしまった場合はどうしたらいいでしょうか? その対処法の一つが骨盤底筋体操です。
やってみよう!骨盤底筋体操
もともとは一九四〇年代に米国の産婦人科医が考案した方法で、医師の名前からケーゲル体操とも呼ばれています。排尿時に肛門と膣をギュッと締めてみてください。おしっこが止められると思います。それが骨盤底筋群が収縮した感触です。お腹には力を入れないようにします。
排尿が止められる感触が解ったらトレーニング開始です。仰向けで肩幅まで開脚し息を吸いながら肛門・膣を胃のほうに吸い上げるような感じで五秒間“ギュッ”と締めます。その後五秒緩めます(図1)。これを五回繰り返してください。この五回を一セットとして、一日五セットやりましょう。合計で一日二十五回、締めたことになります。
基本ができたら応用編です。骨盤底筋体操には姿勢にバリエーションがあります。椅子に深く腰掛け両脚は肩幅くらい開く姿勢、床にうつぶせになり肘をついて手で顔を支えながらの姿勢、机に両肘をもたれて背筋を伸ばし軽く開脚する姿勢、あるいは立ったままで軽く開脚する姿勢などです(図2)。どの姿勢でも効果は同等ですが、仰向けが最もリラックスしやすく基本的な姿勢です。しかし、他の姿勢でも構いません。例えばデスクワーク中や、うつぶせでテレビを見ているついでなどいろいろな機会を利用して気軽にできるということがこの体操の利点です。
さらに、基本は五秒毎に“締める” “緩める”の繰り返しですが慣れてくれば一〇秒毎あるいは三〇秒毎でも行えば効果は高くなります。
体操の効果
腹圧性尿失禁は、出産・加齢のほかに、肥満や便秘なども誘因になると言われています。日常の食生活に注意しましょう。骨盤底筋体操は地味なトレーニングです。効果が表れるまで三週間~八か月と言われています。毎日欠かさず行うことが大切です。さらに筋肉の衰えは加齢とともに進行しますので治ってもやめてはいけません。発症して間もない腹圧性尿失禁でしたら効果が十分に期待できますのであきらめずにトライしましょう。
この体操は尿失禁予防を目的として考案されたのですが子宮や膀胱が外陰部から飛び出してくる骨盤内臓器脱と呼ばれる疾患の予防になることもわかっています。また海外では体操を継続することで女性の性的な満足度も改善したという報告もあります。
ご夫婦そろって体操のすすめ
おわりに、骨盤底筋体操は女性だけを対象としたものではないことを付け加えておきます。実は腹圧性尿失禁に対して尿意が始まると我慢しきれずにトイレに着く前に漏れてしまう、というタイプの失禁があります。これを切迫性尿失禁と呼んでいます。このタイプの失禁は膀胱の神経が過敏になる過活動膀胱と言われる疾患の一症状として現れることがあります。
いずれのタイプの尿失禁も合計すると全女性の約三〇%に見られるという統計もありますが、過活動膀胱は女性特有の疾患ではありません。前立腺肥大症と同様に高齢男性にも発症します。女性の過活動膀胱患者は四〇歳以下でも発症しますが、男性の場合は前立腺肥大症が発症する六〇歳以降に増えてくるのが特徴的です。治療は薬物療法が中心となりますが、始めると一生薬を飲まざるを得ないといった欠点があります。そのため症状の軽いうちから骨盤底筋体操を始めることは大切です。
男性でも肛門を締めると尿が止められます。女性とほぼ同様の要領でこの体操をやってください。奥様が閉経を迎えたらご夫婦そろって骨盤底筋体操を日課として取り入れることをお勧めします。